フランス人形
フランス人形はフランス語で夢を見るか?
子供のころ、ピアノを習っていた。
そのピアノの上にはフランス人形のケースが置かれていて(そんなところに置いていてはいけないのかもしれないけれど)、ごく淡いピンクのドレスを着たフランス人形が静かに笑みを浮かべて佇んでいた。
どんなポーズをとっている人形だったかは覚えていないが、フランス人形にしてはおとなしやかで、どちらかというと文化人形に近い庶民的なかわいらしさを備えていたように思う。(いや、フランス人形からの派生で文化人形が作られたのだろうとは思うが/笑)
私にとって、お澄まししすぎていないというのは大切な要素だった。
その頃の友達の家にあったフランス人形はとても豪華で、それだけに、自信たっぷりといった表情がややもすると傲慢に見えて、私はあまり好きではなかった。
だから、やさしい顔をしたフランス人形が我が家にやってきたとき、少なからず驚いたのだ。
この人形は、姉が求めて買ってもらったものだった。
フランス人形に限ったことではないが、人形というと少し怖いイメージも伴う。
「呪いの人形」というやつだ。
アニメ・クレヨンしんちゃんなどにも「呪いのフランス人形だゾ」なんて一編があるけれど、結構一般的なイメージなのではないかと思う。
が、もちろん、私の家の人形も友人宅のフランス人形も、人を呪ったりはしなかった。
呪われなくてもケース入りのフランス人形を粗雑に扱うことは難しかろうと今では思う(笑)。
もう一つ、フランス人形というと考えてしまうのは、「ヨーロッパへの憧れ」というものだ。
フランス人形作家に牧野哲大(まきのてつひろ)という方がいる。
この方の人形展を見に行ったという人のブログを見たことがあり、その際、明治末期頃の木下杢太郎や北原白秋らによる南蛮ブームの話などを交えながら、「いつの間にかヨーロッパといえばパリ」というイメージも含めて欧州をひとくくりに見てしまっているのではないかと自身を省みていた。
フランス人形も「仏蘭西人形」とするほうが心もちしっくりくる、という趣旨の文章に私も頷くとともに、日本で作られ日本で愛されるのにフランス人形と称するのは何だか不思議だな、などと、少し意地悪く思ってみたりした。
宇山あゆみさんの人形の本を眺めつつ、こんなことをつらつらと考えてしまった午後だった。
