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球体関節人形の奥深さと不思議な魅力
私が初めて球体関節人形を意識したのは、10年ほど前のことだったでしょうか。
友人が突然、スーパードルフィーに夢中になったのです。
初めてその人形を見たとき、彼女(女の子の姿をした人形でした)はまだ頭部のみ!
人形各部の構成も作り方もまったく知らなかった私は、この姿──はっきり言ってかなりのオカルト!──にかなりの衝撃を受けたのでした。
しかも……なんてアダルト系の表情をしているんだ、君は…。(苦笑)
ところが、愛はその後10分の間に訪れました。
買いたてのウィッグをかぶせ、その前髪の分け目をちょっと変えた途端、ぱっと人形の表情が変わったのです!
「なんて魅力的な……」
それ以降、私もしばらく(スーパードルフィーに限らず)球体関節人形に興味を持って、店を訪れて展示品を見たり、写真集や愛好家のサイトで写真や画像を眺めたりしていました。
やがて友人の人形も完成しました。
しっかりと手足も整い、綺麗な衣装を身にまとい、彼女は見違えるほど立派になって私の前に現れました。きちんと一人で椅子に腰掛けている姿は圧巻。
けれど、私が好きだと思った表情はなくしていませんでした。
透き通るような肌と小さな口の薄い唇。
やや低めの控えめな鼻と印象のやわらかな眉。
尖り気味の顎と、淡く静かな光沢を持った白金の髪。
まつげは長すぎず、二重の瞼は主張しすぎず、その中にある眼はグレイまじりの淡い空色。
不思議でした。
ほとんど化粧っ気のないこの人形は、他のドールに見られる自己主張を持ち合わせていませんでした。
「ほら、私、綺麗でしょ?」と言いたげな高慢な感じも、かわいがってくださいと言いたげに媚を売る感じもなく、どちらかと言うと孤独なイメージ。
けれど、その孤独は憂えるべきものではなく、むしろ、主張も押し付けることもしないままに存在する彼女のテリトリーを示しているかのような印象を受けたのです。
それは、気づかずに通り過ぎてもおかしくないくらい淡くはかない領域だったかもしれません。
そして、その領域を侵すことなくいられる者、またはその空気を共有できる者のみ自分のそばにいればいいと思っているかのような、それでいて他をあえて突き放すことはしないというような雰囲気を、彼女に感じずにはいられなかったのです。
人形に対してこんなことを感じたのはもちろん初めてでした。
その後いくつもの球体関節人形(ビスクドールも含む)を見ましたが、友人の作ったこの子以上に私の心をひきつける人形には出会えていません。
店頭やネット上で販売されている人形も、個人の通販商品に入っているものも、名のある作家の作品も、私の感性に不思議なくらいぴたりと合った彼女には遠く及ばないのです。
きっと、人形好きの方々それぞれにそういった一体があるのだろうと、今でも私は彼女を思うたびに考えるのでした。